骨を抜くという仕事のむつかしさとおもしろさ
公開日:
:
2015/04/25
店・料理人
枝肉から骨を抜く(外す)作業を『捌き』と呼びますが、私が初めて捌き包丁を手にしたのが19歳のときでした。捌きがやりたいわけではなく言われるがままにやらされていた感じですから覚えはよくなかったです。半ば嫌々やっていたのでいつも力まかせ。骨に刃をあてるものだから刃は欠けてばかり。毎日研ぐのですがこれが辛かった。砥石で指の薄皮が剥けるわけですが痛いのなんのって。覚えたいという強い意志があるわけで取り組んでいたわけではないのでマスターするのに時間がかかりました。結局、捌きも含め筋引きから商品化するまで3年かかりました。もちろん3年で牛肉がわかるはずがありません。ようやくスタートラインに立ったということです。そういう意味の3年でした。
研修期間中の了平だが、彼は私と違って捌きを覚えたい派です。愛農高校でみっちり農業の基礎を学んでいるので理解力が同世代の子たちより優れているように感じます。以前から捌きには興味があったようで、ならばと研修早々に2回ほど捌かせてから今回で3回目、初の単独です。私がそうだったようにまずはバラから始めるのですが、了平は立ち止まったまま微動だにしません。2回目とは勝手が違って1人でやるとなるととまどうものなのです。我慢できなくなった了平からSOSが発信されますが答えずに考える時間をとります。20分くらいたったでしょうか。ようやく捌き包丁(骨透包丁)を手にとったのでした。教えるのは簡単なのですが自分で考えて行動することが後々につながるのです。
おそらくできるという感触はあったと思うのですが、これができないんです。頭の中ではわかっていたつもりでも目の前の肉に包丁を入れるにはけっこう勇気がいるのです。結局、間違っていたので私が捌くことになったのですが練習用の肉なんて存在しないので1回のミスで終わりです。包丁を何度も入れると肉はすぐに腐敗へと進み商品価値がなくなります。だからミスは最小限に抑えなければいけないのです。こういうことも学んでほしいのです。
了平は休みを利用して木下牧場でお手伝いをしているのですが、牧場の仕事はかなり過酷で重労働です。生れるシーンだけではなく、ときとして死に直面することもあります。200頭の命を預かる現場は1頭1頭の顔を覚え、手からエサを与えて出荷までを見続けます。そういった現場でお手伝いさせていただいたうえで肉を捌くわけですから思い入れが強くなると思うのです。牛や肉に携わる人の考え方はそれぞれですし商売のスタンスも異なってあたりまえですが、私たちは生産者と毎日のようにやりとりしながら、そして料理人や消費者のみなさまに伝えてきました。自分たちがまずは理解し納得できる牛肉を届けることが私たちの仕事ですし、そのためには生産者や料理人のみなさんとの情報交換も重要だと考えています。牛をみて肉に触れて作り手の思いに触れて、命をいただく仕事とはこういうものだと思っています。
捌いた骨を並べさせたのですが、間違ってしまうんですね。このあと正しく並べ直したところで今度はシュミレーションに入るのです。寝ても覚めてもシュミレーションです。これを繰り返し繰り返しやり続けるのですが、問屋さんのスピード仕事ではないので、とにかく丁寧に基礎を学んでいきます。
とはいっても私も偉そうに人に教えられるほど技術があるわけではないのですが、目の前に骨がついた肉の塊があれば考えている暇などないわけです。時間が経つにつれて肉は力をなくしていくわけですから早く捌いて冷蔵庫にしまわなければいけません。肉を切れるようになりたいとか、料理を覚えたいとかの前に目のまえにある肉をどうするのか。ここからスタートなのです。そして1頭を汗ひとつかかずに捌けるようになるには10年以上はかかるのです。楽なことはなにひとつありませんが手ごたえを感じるときが必ずあるはずです。
私が修行していた30年も前のように縦社会の厳しさではなく、ましてや師匠と弟子のような関係性でもなく、肉の基礎を学んでそこから先は肉屋なのか料理人なのか、どの世界に飛び込むのかは自由なわけです。フランスの肉屋、イブ=マリ=ブルドネックと業務提携している人材育成プログラムもいよいよ本格始動しはじめます。
9月には日本から若者が1人旅立ちます。了平も含め彼らが数年後に日本で活躍するころには、肉屋にしろレストランにしろいままでにないまったく新しいものが出来上がっているかも知れません。そういう可能性にわくわくしながら、私が教えられることはすべて伝えたいと思っています。
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