商品価値の少ない経産牛のスネ肉や前バラでまさか感動するとは。
牛スネ肉を使ったパクチーのとろみスープ。私はパクチーが苦手なので抜いてます。
スープをレンゲにすくって口に運んだ瞬間、いままで味わったことのない衝撃のようなものが走った。なんと表現していいのかわからないが、へたな言葉であれこれ言うよりとにかくやられた。
牛バラの四川ピリ辛煮。ブリスケと呼ばれる部位だが、普通のブリスケではない。木下牧場で214ヶ月も長生きしてたくさんの子を産んでくれた経産牛なのだ。
一昔前、15年とか20年前の私は経産牛を使いこなせなかった。脂は黄色くて骨は痩せ細り肉量が少ないのが特徴。セリでは値段がつかず、ついてもタダよりましのような価格で内臓は廃棄され、肉もロースやモモは安価な切り落としや焼肉、ミンチとして店頭で特売したり、使いにくい部位はハンバーグやコロッケなどの加工品として販売していた。バラなんて脂はパサパサで身も薄く、どうしたものかと思案しているうちに腐らせてしまったこともある。ちなみに経産牛は業界では「ババ牛」と呼ばれている。
私が生きている経産牛を見たのは意外と最近なのだ。当時親交があった生産者は肥育農家さんばかりで、仔牛を買い付けて育てるので牧場に母牛は存在しない。きっかけは木下さんだった。木下牧場は繁殖肥育を一環でやっているため母牛が存在する。つまり自分ちで母牛を持ち、自分たちで種をつけ子を産ませる。頻繁に出入りするようになり、牧場を支えているのはまぎれもなくたくさんの子を産む母牛の存在だと気づいた。
となると、なんとか母牛をおいしくできないものかと硬い肉質を柔らかくするために熟成肉(ドライエージング)に取り組んだ。再肥育して痩せ細った牛に肉をつけるという方法もあるが私はあまり好きではないのでロースとモモを骨付きでドライエージングにして、使いづらい部位はレトルトカレーにして商品化した。肉質が硬めなのでちょうどいい感じで仕上がった。
しかし、どうしてもレトルトカレーにするのが自分のなかでしっくりこなくてやめてしまったのでした。スネ肉やバラは相変わらず使いにくく、精肉ではなくハンバーグやコロッケにして販売していました。味はいいので常連のお客様には好評でして、リピートされる方も結構いらっしやいました。
牛スネ肉を使ったパクチーのとろみスープを食べながらそんなことを思い出していた。感慨にふけっていたところに、牛バラの四川ピリ辛煮がでてきた。スネ肉とブリスケがこんなにおいしくなるなんて泣けてくる。涙もろいわけではないが料理は人を感動させる力があるということを改めて実感したのでした。
熟成肉について少しふれましたが、一度ブームになり落ち着き、ここ最近になってふたたび火がついたような気がします。しかしながら私は熟成肉という言葉があまり好きではなく、かといってそれに代わる言葉も見つからずモヤモヤしているのですが、私の場合は熟成肉を好んでやったのではなく、商品価値のない経産牛をどうにかしたいと行き着いたのが熟成肉だっただけなのです。
熟成肉に批判的な方もいらっしゃいますし、流行ものは追いたくないし基準もあいまいでちっともおいしいとは思わない。そう主張される方もおられます。熟成を幅広くとらえれば、と畜から枝肉になりセリに並ぶまでの数日間は熟成期間といえるだろうし、どちらにしても正解も不正解もないように思います。
好みもしかりで、私の舌が万人受けするとも思えないですし、私のうまいがAさんにとってはマズイかも知れないですし、経験だけじゃないものもありますし、どちらにしても好みの店を見つけたり、作り手や販売者の考え方に共感したりすることもおいしさの1つだと思うのです。
木下さんの人柄、牛への愛情、バトンを受け持った私の責任、そして信頼できる料理人へ。今後もこういう流れ、関係性を大切にしていきたいと思います。
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